概 要

西相模に威をふるった大森氏の居城が前身。その後、北条早雲が入城し築城。北条氏5代96年の間、関八州支配の拠点として巨城が築かれた。豊臣秀吉の大群に攻められ開城。江戸時代になって、徳川家康の家臣・大久保忠世を城主に迎え、ついで阿部氏、稲葉氏、再び大久保氏が入り11万3000石の居城として栄えた。
土塁と空堀で囲まれた総構(そうがまえ)は城下町を囲む延長9Kmにおよぶ。石垣が築かれる以前は、堀と土塁で城下を取り囲む戦国最大規模の中世城郭(土の城)であった。

城郭構造は平山城。城跡と総構の一部は国の史跡に指定されている。

天守は複合式層塔型三層四階(内部は地上四階地下一階)、本瓦葺、昭和35年(1960年)に鉄筋コンクリート造りで復興。天守に付櫓、渡櫓を付した複合式天守で、最上階の高欄付き廻縁は復興に際して新たに付けられた。

再建された建造物は、昭和46年(1971年)に常盤木門、平成9年(1997年)に銅門、平成21年(2009年)に馬出門が再建された。


明治3年(1870年)、 明治6年(1873年)の廃城令公布以前に、小田原藩の財政が逼迫していたため城内の建造物はほとんど取り壊され売却された。残っていた石垣も大正12年(1923年)の関東大震災で崩れ落ちた。その後、陸軍省や宮内省の所管であった城跡は解放され、城址公園として整備されることになった。
平成18年(2006年)には日本100名城に選定された。

アクセス

JR線(または小田急線)・小田原駅~徒歩10分
神奈川県小田原市城内6-1

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