日本のお城 > 白石城

概 要

慶長7年(1602年)、仙台城の支城として片倉小十郎景綱が入城、その後11代260年余にわたり片倉氏が居城した。元和元年(1615年)の一国一城令の例外的な扱いで明治維新まで存続した。天守の代用となっていた三階櫓は、支城という格と幕府への配慮から天守の名をはばかり大櫓(おおやぐら)とも呼ばれていた。

城郭構造は梯郭式平山城。城跡は白石市の史跡に指定されている。

当初の天守は複合式層塔型三重三階、三階には高欄をめぐらし火灯窓を付けるなど古い形式を採り入れていた。文政2年(1819年)焼失、文政6年(1823年)に再建された。

現在の天守は(三重櫓)は、平成7年(1995年)、当時の史料に基づき木造復元された。

現存する建造物は、市内の延命寺に移築された厩口門(うまやぐちもん)、当信寺に移築された東口門の2棟で、それぞれ国の重要文化財に指定されている。

再建建造物は、平成7年(1995年)、三階櫓とともに大手一ノ門、大手二ノ門が史実に忠実に木造で復元された。

別名は益岡城、枡岡城。


幕末の戊辰戦争では新政府軍に占領され、盛岡藩の管理下に置かれた。明治政府の廃城令でほとんどの建物が取り壊された。本丸は天守台の石垣なども撤去され更地になった。
城跡は明治33年(1900年)に益岡公園として整備された。平成19年(2007年)日本歴史公園100選に選定された。
平成29年(2017年)には続日本100名城に選定された。

アクセス

JR東北本線・白石駅~徒歩10分
宮城県白石市益岡町

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