概 要

駿府城は、天正17年(1589年)、駿河を領国とした徳川家康が今川氏の居館があったとされる場所に築城したのがはじまりとされている(駿府は徳川家康が幼少のとき今川氏の人質になっていたところ)。
その後、慶長12年(1607年)、将軍を退いた徳川家康は天下普請で3重の堀と六重七階の天守を持つ城に拡張、大修築した。駿府は江戸と並ぶ政治の中心地として重要な役割を果たした。
寛永12年(1635年)、城下より出火し天守、御殿、櫓などを焼失した。御殿、櫓、城門などは再建されたが、天守は再建されなかった。

城郭構造は輪郭式平山城。中堀と内堀の一部は江戸期の姿を残している。

天守は、慶長12年(1607年)、六重七階の天守が建てられたが焼失、直後に再建されたが寛永12年(1635年)に再度焼失、以降は再建されていない。

再建された建造物は、二ノ丸南東の巽櫓(たつみやぐら)、二ノ丸東御門と続多聞櫓、二ノ丸南西角の坤櫓(ひつじさるやぐら)。

別名は府中城、静岡城など。


明治6年(1873年)の廃城令で軍用地として残す存城処分となり、建物や城門などは取り壊された。城跡は、明治24年(1891年)に静岡市に払い下げられたが、その後歩兵第34連隊の誘致にともない内堀は埋められた。戦後の昭和24年(1949年)に再び静岡市に払い下げられ、駿府城公園として整備された。

平成18年(2006年)には日本100名城に選定された。

アクセス

JR線・静岡駅~徒歩10分
静岡県静岡市葵区駿府城公園1-1

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