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概 要

関ヶ原の戦いの後、慶長 9年(1604年)、常陸の国から国替えとなった佐竹義宣(さたけよしのぶ)が築城、久保田城と命名した。
石垣がほとんど無い土塁(鉢巻土塁)の城、天守はなく櫓座敷を建てその代わりとしていた。 鉢巻土塁は石垣で基礎を数段造った上に巨大な土の壁(土塁)をつくる城郭づくりの方法で、関東~東北の城に多用されている。


城郭構造は平山城。城跡は千秋公園とし一般公開されていて秋田市の名勝に指定されている。

天守は、幕府への配慮や財政事情から建てられなかった。

主な遺構は、本丸、二の丸、土塁、石橋、御物頭御番所など。

現存建造物は、明治期の火災を免れた御物頭御番所(おものがしらごばんしょ)。

再建された建造物は、平成元年(1989年)に新兵具隅櫓(しんひょうぐすみやぐら)がコンクリート造りで再建され、平成13年(2001年)に本丸表門が木造復元された。

別名は、矢留城、葛根城、秋田城。


明治政府の廃城令により存城処分となり、陸軍省の管轄となる。 明治13年(1880年)の大火により城内の建物はほぼ全焼。明治23年(1890年)、陸軍省から佐竹氏に城跡が払い下げられ、その後秋田市、秋田県に移管された。
城跡は、明治29年(1896年)、近代公園設計の先駆者である長岡安平の設計により公園として整備され、千秋公園として一般公開された。現在は秋田市の名勝に指定されている。
千秋公園は、日本の都市公園100選、日本の歴史公園100選、さくら名所100選、池坊花逍遥100選に選定されている。

平成18年(2006年)、日本100名城に選定された。日本100名城スタンプは秋田市立佐竹資料館、久保田城御隅櫓に置かれている。


2026年9月2日訪問
久保田城の跡は千秋公園、城跡を公園として整備し市民の憩いの場にするという考えが徹底されている・・・という感じがしました。

アクセス

秋田県秋田市千秋公園1-39
JR線・秋田駅~徒歩15分

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