戦国時代初期、長野氏によって築かれたのが始まり。後に武田氏、織田氏、小田原北条氏、徳川氏の城となった。 天正18年(1590年)、 豊臣秀吉の小田原征伐の際に前田利家・上杉景勝連合軍の攻撃により開城。この年、徳川家康が関東に入封し、箕輪城は12万石をもって井伊直政に与えられた。直政は箕輪城を近代城郭に改造したが、慶長3年(1598年)高崎城に移封され、それに伴って箕輪城は廃城となった。 現在見える縄張りは、最後の徳川時代のもので、長野氏時代に比べて大きく造り替えられている。
城地は東西約500メートル、南北約1,100メートル、面積約36ヘクタールにおよぶ広大なもので、西に榛名白川、南に榛名沼があり天然の堀を形成する要害であった。
城郭構造は梯郭式平山城。城跡は国の史跡に指定されている。
主な遺構は、堀、石垣、土塁、門など。
江戸時代以前から現存する 建造物はない 。
再建建造物は、平成28年(2016年)に郭馬出西虎口門、令和 4年(2022年)に本丸~蔵屋敷間の木橋、令和 8年(2026年)に本丸西虎門が木造復元された。
平成18年(2006年)、日本100名城に選定された。日本100名城のスタンプは城跡にはなく高崎市箕郷支所または高崎市箕郷公民館にある。
2026年10月15日訪問
案内では伊香保温泉行きバスで小学校前下車となっていましたが、住宅街に入って迷ってしまいました。住民の方に訪ねたら「バス停城山入口の先を左に曲がると駐車場がありますよ」と、バス停まで案内してくれました。親切にしてもらい嬉しくなりました。