南北朝時代、建武元年(1334年)、国司代(こくしだい=朝廷から派遣された国司の代官として実務や行政にあたった行政官)に任じられていた南部師行(なんぶもろゆき)が築いた中世の城館(じょうかん=防御のための城郭と領主が生活や政治を行う館の機能をあわせ持った建物)。師行は南朝方の根本となる城という願いから根城(ねじょう)と名付けたと伝えられている。その後、豊臣秀吉の諸城廃却令により堀などが壊され、寛永 4年(1627年)廃城となった。
本丸、中館(なかだて)、東善寺館(とうぜんじだて)の3つの館(曲輪)が整備され、本丸には主殿や番屋、工房、納屋、馬屋など原寸大の復元建物が建てられている。
城郭構造は連郭式平山城。城跡は国の史跡に指定されている。
主な遺構は、本丸、中館、東善寺館、岡前館、沢里館、捨て廓、堀、土塁など。
江戸時代以前から現存する建造物はない。
土の城で石垣や天守はなかった。
再建建造物は、平成 6年(1994年)に主殿、工房、鍛冶工房、板蔵、納屋、上馬屋、中馬屋、野鍛治場、番所、井戸、堀、門、柵、木橋、四阿などが原寸大で復元された。
昭和58年(1983年)から11年間 、発掘調査及び整備事業が進められ、平成6年(1994年)、本丸跡に主殿などが復元され、史跡公園・史跡根城の広場として一般公開されている。
平成18年(2006年)、日本100名城に選定された。日本100名城スタンプは史跡根城の広場料金所、八戸市博物館受付、根城史跡ボランティアガイドハウス窓口に置かれている。
2026年9月3日訪問
中世の城館にめぐり合うことができました。それぞれの地域で「おらが町の宝もの」として守り、活用していることに、頭がさがりました。