概 要

徳川家康公生まれた岡崎城、その起源は15世紀中頃まで遡り、明大寺の地に西郷頼嗣(稠頼)によって築城されたのがはじまり。その後、享禄4年(1531年)に松平清康(家康の祖父)が現在の位置に移して以降、岡崎城と称されるようになった。
徳川家康は、6歳で織田信秀(信長の父)、8歳で今川義元の人質となり、少年期を他国で過ごしたが、永禄3年(1560年)の桶狭間の合戦以降自立し、岡崎城を拠点に天下統一への基礎を固めた。天正18年(1590年)、豊臣秀吉によって関東に移された後は、秀吉の家臣が城主となるが、徳川家康が江戸に幕府を開いてからは、譜代大名にここを守らせた。

城郭構造は梯郭式平山城。城跡は岡崎市の史跡に指定されている。

天守は、元和 3年(1617年)、複合連結式望楼型三重三階の天守として建てられたが、明治の廃城令で取り壊された。 現在の天守は、付け櫓、井戸櫓が付属する複合式三層五階、岡崎市のシンボルとして昭和34年(1959年)に鉄筋コンクリートで再建された。

城跡には板谷門跡、石段、本丸北側の青海堀、切通しなどの遺構が現存している。

再建された建造物は天守、大手門、東隅櫓。大手門は岡崎公園の表玄関にふさわしい建物として平成5年(1993年)に再建された。東隅櫓は松山城の野原櫓などの形式を参考にして平成22年(2010年)に再建され、隣接する約45メートルの城壁も同時に整備された。

別名は、龍にまつわる伝説が多く、竜城(りゆうじょう)。


明治6年(1873年)の廃城令で廃城。ほとんどの建物が取り壊されたが、岡崎城跡地の保存運動により、明治8年(1885年)岡崎公園として整備された。平成 2年(1990年)には日本さくら名所100 選に選定された。

平成18年(2006年)、日本100名城に選定された。


写真は2023年11月20日撮影。

アクセス

JR線・名古屋駅~名鉄名古屋本線・東岡崎駅~徒歩15分
愛知県岡崎市康生町561-1

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