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概 要

仙台藩初代藩主・伊達政宗、関ヶ原の戦いの後の慶長5年(1600年)、徳川家康の許しを得て千代(千代城)に居城を移し、縄張りを開始。地名を仙臺と改めた。仙台藩二代藩主・伊達忠宗は寛永15年(1638年)、山上にある本丸は街への往来が不便であったことから、 二の丸の造営に着手し、居所を二の丸に移した。
仙台城は、伊達政宗が築城してから廃藩置県までの約270年にわたり伊達氏代々の居城であり、仙台藩の政庁であった。奥羽越列藩同盟盟主として戊辰戦争を戦うも、一度も戦火を見ることなく城としての役割を終えて、明治維新を迎えた。


城郭構造は連郭式平山城。城跡は国の史跡に指定されている。

伊達政宗が築いた仙台城は本丸と西の丸からなる山城、天守は築かれなかった。

主な遺構は、本丸大広間跡などの建造物遺構、本丸跡の石垣など。

再建整備された建造物は、昭和42年(1967年)木造モルタル漆喰仕上げで再建された大手門脇櫓。

別名は青葉山にあったので青葉城(あおばじょう)、仙台という地名の由来になった五城楼(ごじょうろう)。


明治政府の廃藩置県で陸軍用地となり多くの建築物が解体された。数少ない遺構であった大手門、脇櫓、巽門は昭和20年(1945年)の仙台空襲で焼失した。
昭和28年(1953年)に都市公園として青葉山公園が開園した。

平成18年(2006年)、日本100名城に選定された。日本100名城スタンプは仙台城見分館展示コーナーに置かれている。


2026年8月6日訪問
本丸跡には立派な「宮城縣護國神社」が建ち、大型バスも駐車できる駐車場があり、多くの観光客でごった返していました。本丸跡の一部が戦後の国有地払下げで神社の所有になった経緯があるようですが・・・、城跡がこのようになってしまうこともあるのか、という感じでした。

アクセス

宮城県仙台市青葉区川内1
仙台駅西口から観光シティループバスるーぷる仙台(20分)で仙台城跡下車~すぐ

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