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概 要

神亀元年(724年)、朝廷の命を受けた大野東人(おおののあずまひと)によって創建された城柵(じょうさく=行政軍事拠点)。國府(こくふ=役所)と蝦夷(えみし=朝廷の支配に従わなかった東北の人々)を統治するため鎮守府(ちんじゅふ=軍事施設)が置かれた。11世紀の中頃まで約200年間、万葉歌人・大友家持や征夷大将軍・坂上田村麻呂らが赴任するなど東北の政治、軍事の中心地として役割を果たした。
多賀城外郭(がいかく=外側の区画)は約900m四方の規模で築地塀(ついじべい)や材木塀(ざいもくべい)で囲まれ、南、東、西に門が開いていた。そのほぼ中央に約100m四方の築地塀で囲まれた政庁があり、正殿、脇殿、後殿、楼などが計画的に配置されていた。


城郭構造は平山城(城柵)。城柵は奈良の平城宮跡、九州の大宰府跡と共に特別史跡に指定されている。

主な遺構は、政庁地区建物跡、館衛建物跡、門跡、築地塀跡など。

再建造物は、 外郭南門と築地塀、城前官衙。


平成18年(2006年)、日本100名城に選定された。日本100名城スタンプは多賀城市埋蔵文化財調査センター展示室、JR東北本線・國府多賀城駅自由通路に置かれている。


2026年8月4日訪問
日本100名城をまわるなか、奈良時代創建の城柵にめぐり合いました。それらは新潟県北部から東北地方の要所に20か所ほどに建造されていたとのこと。吉野ヶ里遺跡から始まったお城の歴史・・・、100名城めぐりで、もっと勉強したいと思いました。

アクセス

宮城県多賀城市市川字城前
JR東北本線・國府多賀城駅~徒歩10分

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