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ホーム > デジカメ日記 > デジカメ日記(2015年) | 前の年|次の年 |
日ごろ接したことを、デジカメ写真で絵日記風に綴っておきたいと思います。デジカメ技術が高度に普及したことから、撮影データの記載は終了させていただきます。撮影のワンポイントはできるだけ記載するようにします。 |
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現存天守12城めぐり、今回は四国の4城をめぐってきました。 初日は、天守は現存天守では最も小さいものの、石垣の美しさで「日本100名城」に選定されている丸亀城。熱心に撮影していたからでしょうか、地元の親切な方が「天守は北向きだから夕景がいいですよ」と教えてくれました。 |
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次の日は、本丸の建物が完全に残る唯一の城といわれている高知城。なぜ四国には現存天守が多いのか? 戦国時代は都から離れていたから、戦時中は米軍の標的にならなかったから、なのかなと思いました。 写真は本丸御殿(手前の建物)と天守(奥の建物)がならんで現存している高知城。 |
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3日目は、現存建造物20棟、再建建造物22棟が建つ松山城。最上段にある本壇というエリアには天守を守り固めるための建物がひしめいていて、混乱してしまいました。もしかしたら、それが戦をするお城の本来の姿なのかもしれません。 文化の香りがただよう松山市でしたが、少々疲れました。 |
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4日目は自然が残る宇和島城。泰平の世を象徴するかのように天守に玄関が設けられていました。雨に降られましたが、雨の日の空気感がますます好きになりました。 初めての四国旅行、新幹線ではなくローカル線での旅でしたが、特急がほぼ1時間ごとに走っていて不便は感じませんでした。→日本のお城-現存天守12城 |
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所用があって上野公園へ、ついでに不忍池で野鳥を撮影してきました。冬鳥のカモ類が多く、写真のユリカモメも飛来していました。ここでも「野鳥への餌やり禁止」が呼びかけられていて、人のやるエサは高カロリーで、たとえ少しでも肥満になり飛べなくなって天敵に襲われ、命を落とすことにもなる、水も汚くなる・・・との説明書きがありました。 | |||
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かつて日本には2万5000ほどのお城がありましたが、現在は一般的に見学できるのは200ほど、天守が現存しているのは12城。今回はその内の4城と姫路城をめぐりました。 最初は備中松山城(岡山県)、登城口まで観光タクシーで送ってもらい、その後20分ほど登った山頂部にありました。自然岩盤の上に築かれているきれいな山城でした。 |
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天守が最近国宝になった松江城(島根県)、天守は一部に白漆喰はありますが黒を基調とした重厚感のあるものでした。石垣は自然石を積み上げる野面積み(のづらづみ)でした。明治時代の廃城令により取り壊される危機に瀕しましたが、地元の豪農や旧藩士らの有志により買い戻され保存されたそうです。 | |||
日本最古の天守が現存する丸岡城(福井県)、最古だけあって素朴で、狭間(さま)や石落としなどもその原型と思われるものが見られました。階段は60度ほどの急傾斜で観光客向けにロープが取り付けられていました。屋根は寒冷地のため全て石瓦で葺かれていました。 | |||
保存修理が終わった姫路城(兵庫県)、「白すぎる大天守」と話題になり気になっていましたので、再撮影してきました。が、撮影する角度によっては気にならず、やや黒ずんだ小天守に重みがあり、落ち着いた天守群になっていると思われました。世界遺産に登録されているだけあって、圧倒的な規模と美しさがありました。 | |||
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今回は雨の熊野古道を歩くつもりで出かけましたが、土砂くずれがあり断念。そのかわり那智大滝(なちのおおたき)を、ずぶ濡れになりながら、とことん撮ってきました。 この写真は、谷から吹き上げる霧をスローシャッター(2.5秒)でとらえた一枚です。那智は自然信仰の聖地、那智大滝の幻想的な雰囲気が撮れているでしょうか。 |
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まもなく世界遺産に登録される「明治日本の産業革命遺産」、その構成資産が推薦時から大幅に変更されたので長崎~福岡~熊本に出かけ、再撮影してきました。あいにく梅雨前線が停滞し、長崎は雨でしたが、 雨の日の方が落ち着いた写真になるので頑張って撮ってきました。→再撮影し一部更新した明治日本の産業革命遺産 | |||
ついでに長崎の夜景も撮ってきました↓ 稲佐山からの夜景が「世界新三大夜景」に選定されたとやらで、地元は盛り上がっていました。夜景のどこを、どれだけ切り取ればいいのか? 迷いましたが、全景を撮るのではなく港の輪郭を入れてメリハリをつけてみました。 |
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平和公園では、修学旅行の小中学生らが熱心に平和学習をしていました。この写真は平和祈念像の前で黙とうし、折り鶴を合唱し、平和を守る決意を語っていた小学校生です。長崎の場合、爆心地と平和公園、原爆資料館が別々の場所にあり、ちょっとわかりにくいのですが、平和を守るために貴重な場所だと改めて思いました。 | |||
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ユネスコの諮問機関から登録がふさわしい旨の勧告がなされている明治日本の産業革命遺産、廃墟同然の軍艦島が含まれているのでちょっと懐疑的でしたが・・・ 岩手県・釜石市の山中に本物の遺産(日本最古の洋式高炉跡・橋野高炉跡)がありました。釜石は日本の近代鉄鋼発祥の地・・・ 地元の人々の誇らしげな顔が嬉しくなりました。 | |||
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胸をときめかせながらの知床訪問、知床自然センターのご好意で展示していただいている写真と対面してきました。 馬子にも衣装・・・額装して着飾ってはいるものの・・・まだまだだなぁーと感じました。展示している写真は日本の世界自然遺産16枚です。→展示写真を見る |
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ついでに写真も撮ってきました↓ 知床五湖に設けられている高架木道、5年前から運用されているようですが、今回、改めてそのダイナミックさに感服しました。ヒグマと共存できるようにとの配慮がうかがえ、自然を守る取り組みの真剣さが伝わってきました。知床連山にはまだ雪が。 |
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一方、五湖周辺の原生林は、ガイトツアーに参加すれば散策できるようになっています。原生林に入ってみると、ミズナラやトドマツの巨木、クマゲラがつついた大きな穴が目に前に現れ、あちこちにミズバショウが群生していました。散策道にはヒグマの足跡があったり、フンが落ちていたり・・・原生が感じられました。 | |||
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引地川の千本桜をさらに下ると下福田地区・・・・・田園風景が残り、野鳥も観察できる場所なので、時々出かけます。 今日はカワセミがさかんに川に飛び込んで小魚を捕っていました。小魚があまりにも小さかったからでしょうか、何回も飛び込んでいました。 |
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この日は晴天で明るかったのでシャッタースピードは1/4000秒。羽のぶれもなくきれいに撮れました・・・・・1/4000秒で撮った証拠写真です。 もちろん、動きを表現するためシャッタースピードを遅くし、羽をぶらすこともありますが。 |
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泉の森で、冬ごしの虫たちをさがす観察会があり、木の幹に巻きつけられていた「コモ巻き」をはずしたり、樹皮の隙間をのぞいたりして冬ごしの虫を観察しました。虫がこわい私は初体験でしたが、虫の美しさに感心させられました。写真はコモ巻きをはずしたクヌギの幹に隠れていたナミテントウ、模様にいろいろなバリエーションがあるようです。 | |||
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南岸低気圧というのものが通過して、予報どおりの雪になりました。いつもの「ふれあいの森~泉の森~郷土民家園」コースで撮影していたら・・・・・しらかしの池を渡る歩道で杭の影が並んでいました。雪が降っているのに日陰? よくよく観察してみると、日陰ではなく杭が風を遮った跡で、その部分だけ雪が積もっていませんでした。 | |||
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郷土民家園に訪れると、繭玉飾りが飾られていました。養蚕が盛んだった大和市域の小正月の行事、例年ですと14日に飾られますが、今年はもう飾られていました・・・・・ちょっと戸惑いましたが、とりあえずパチリと一枚とっておきました。 この日は、泉の森広場でも正月飾りを燃やすどんど焼き(左義長)が行われていました。 |
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新年早々、昼ごろから雪がちらついてきました。昨年はゲリラ豪雨や竜巻が頻発し、年末からは異常な大雪が列島をおそっています。自然を破壊してきた人間へのしっぺ返しでしょうか・・・・・自然を侮ってはなりません。 ※雪の粒を写真に撮りたい場合は→シャッタースピードを早くして撮影します。 |
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